« 週末完治計画、頓挫。 | うまく切り替えて欲しいんだが? »

2006.06.27

ベクトルの方向なんざ決まっちゃいない

さっき、窈ちゃんのオフィシャルサイトから飛んで
こんなページを読んだっす。

「二十一世紀の音霊」

ふむふむ。そーか。…なーんて思った。
あたしがこの間感じた「表情の硬さ」は、
案外気のせいじゃなかったのかな?(思い込み過ぎ?(笑))

確かに音楽をやっていたりすると、アマチュアバンドですら
壁にぶつかったりするのよね。

窈ちゃんレベルに達してしまうと、その壁は本当に厚いだろうし
高いだろうし…。一応、音楽をやってきたあたしとしても
100分の1くらいは理解できる。

そーいやあ「江戸ポルカ」を出した時に、
それまでの一青窈とのギャップについていけない人がいた…
という話も聞いたことがある。

あたしなんかは「こりゃ一本取られたな~」と、
相変わらずのオヤジっぷりでかえって喜んだですよ(爆)。
好きな人のいろんな面が見られる…って、うれしいことだもんね。
その前にも「金魚すくい」で一本取られてるんで
連続技、ってことか?(笑)

アーティストというのは、一度「レッテル」を貼られてしまうと
そこにがんじがらめにされてしまう危険性があるよね。

故・尾崎豊氏もそのひとりだったように思ふ。
彼は実際苦悩していたんだけれど、最期の頃は
違う方向で苦悩してたように感じてた。

人間、誰だって変わらない人なんていないもの。
ってゆーか。変わらなきゃイカンでしょ。ね。

風に吹かれて風見鶏みたいにくるくるする必要はないけど、
必要に応じて自分が変わっていくのは悪いことじゃない。

進んでくベクトルの方向なんて誰に決められるものじゃなし。
その時の自分が決めればいいこと。
その変化を受け入れられない、という人がいても
それはそれで「猿もかまわず」ってんでね♪(笑)

ファンとして今言えるのは、
「アナタが今、言いたい、伝えたいと思うことを聴きたい」
ということ。

その内容がどんなんでも、一青窈という人の心のフィルターを通せば
自然にこちらの心に入ってくる。
特に「一青窈らしさ」を加味しなくても、間違いなく窈ちゃんの歌、だからね。

…そーいうのだけじゃダメかな。
なーんて、思った夜でございました(笑)。

こんなとこで書いてもしょーがないか(^_^;)。
ま、完璧な独り言っつーことで(笑)。

…うーん。まだ腹イタイけど仕事、がんばるぞーい。
今日は復帰して仕事してきたよーん。
とゆーことで。

おやすみなさひ♪

Trackback URL

Comment & Trackback

YOは一青へ仕事したよ♪

Comment feed

Comment





XHTML: You can use these tags:
<a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>